「あぁっ…謙信さま!」
我先に声を上げたのはかすがだった。
先ほどまでの態度が嘘のように頬を赤らめる姿に、
それを後ろで見ていた政宗はつい言葉を忘れてその様子を見ていた。
「ずいぶんと楽しげでしたね、美しきつるぎ」
「恥ずかしいです、謙信さまにこんなはしたない姿を…」
「いえいえ、元気のあるそなたも美しい…」
「あぁ謙信さまっ、そんな勿体無いお言葉…」
徐々に濃密になっていく場の空気。
目の前で語らい合う二人は、まるで他には誰もいない二人だけの世界にいるかのようで、
完璧に置いていかれた政宗はその場から動けずにいた。
「…で、いい加減コイツの診察をおっ始めて欲しいんだが?」
そう言ってようやく二人の間に割って入れたのは、
それからもう少し先のことだった。
「さて…それでは始めるとしましょう」
「やれやれ、やっとかよ」
先刻の騒動も一段落し、ようやく政宗と幸村は診察室に通された。
政宗の傍ら、診察台にちょこんと座った幸村は、
部屋にあるものが珍しいのかあたりをしきりに見回している。
このまま平穏無事にいけばいいが…
そんな幸村の様子を見ながら政宗は胸中でひっそりと呟いた。
幸村にとって初めての経験である予防接触、
加えて目の前にはやたら耽美な二人の医師と助手。
有り余るほどの不安要素に、
政宗にはこの先の結末が案じられてならないのだった。
「ではかすが、アレを」
政宗の不安をよそに謙信は準備を進めていく。
そしてその一言と共に謙信の手には注射器が握られた。
そのただならぬ様子に気づいた幸村の目に、
キラリと光る注射針の姿が映る。
刻一刻と迫るその時を、傍らで政宗も固唾を飲んで待っていた。
そして注射針が一際鈍い光を放ったその瞬間――
***
「で?その後はどうなったのさ?」
これからという時に途切れた話に、佐助がその先を促す。
「あとはもう見た通りだろ…」
そんな佐助の問いに、向かいのソファに腰掛ける政宗が答える。
そしてその頭には毛玉、
否全身を強ばらせているので寧ろタワシのようになった幸村が、政宗の頭にしがみついていた。
結局、予防接種そのものは何事もなく終わった。
最初は胡散臭く見えた医者も、
その出で立ちに反して腕は実に見事なものだったと言える。
だが、問題はその後だった。
注射の痛みは信玄直伝の気合いで耐えきったものの、
その後幸村はあまりの衝撃に政宗にしがみついて離れなくなってしまった。
何度促しても離れない幸村に、
諦めた政宗はそのまま幸村を頭にしたまま帰ってきたのだった。
勿論帰る道すがら、すれ違う人に物珍しげな目で見られたのは言うまでもない。
「まぁ何というか…大変だったね色々と」
同情の声はかけてみるものの、
心なしか笑いをこらえているような表情で佐助が答える。
「Shit、他人事だと思って…」
「でもさ旦那知ってる?」
ふいに何かを思い出した佐助の声に、
頭に幸村を乗せたままの政宗が向き直る。
「予防接種って年に一回は受けなきゃいけないって、さ」
佐助その言葉を聞いた瞬間、政宗の体は固まり、
彼の頭上にいる幸村は悲壮な鳴き声をあげた。
突如聞かされた事実。
それは政宗たちを愕然とさせるには充分過ぎる事実だった。
「毎年あんな苦労をしろってのか…ガッデム!」
「ましゃむねー!」
そして文字通りリビングは阿鼻叫喚と化す。
一人と一匹が絶望にくれる傍らで、
その騒ぎぶりに置いていかれた佐助だけが、一人冷静さを保っていた。
「…まぁその時はまた“気合い”の出番じゃないかな、大将みたいにさ」
そんな中呟く佐助の声が、空しく響いては消えていった。
*Episode11へ続く?*
謙信さまのセリフは公式通りオールひらがなにすべきか小一時間迷いましたが、
読みづらくてしょうがなかったので漢字使用でいきました(笑)
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