「…なるほど、迷い猫ですか」



先ほどの一騒動も収まり、
事の顛末を聞いた小十郎が頷いた。



「そういうわけで暫く住人が増えるぜ小十郎」



「それは構いませんが、しかし…」



「何だ?」



「飼い主が見つかるまでに政宗様のお体が持つかどうか…」



「…問題はそこなんだよな…」



伊達家のベランダに迷い猫がやってきたのは数刻前。

家へ招き入れると同時に噛みついてきた猫は、
その後も執拗に政宗に攻撃を仕掛け、
政宗の手や腕は生傷が無数にできていた。
飼い主が見つかるまで預かると決めてはみたものの、
小十郎の言う通り、このままでは自分の体はもたないのではないかと不安にさえなる。



「政宗様を狙うとは、ふてぇ奴め…」



「俺が何したってんだ全く…」



リビングには二人分のため息が空しく響く。
当の猫はというと、幸村の傍らで相変わらず鋭い眼光を放っていた。


政宗には敵意をあらわにする猫は、幸村に対しては不思議と大人しい。
素っ気ない態度は相変わらずだったが、幸村に牙や爪をむける素振りはない。
幸村の元来穏やかな気性のためか、
もしくは動物同士何か通じ合うところがあるのか、
それだけは唯一政宗の安心できる点であった。



「ひとまず飼い主の手がかりを探さねぇとな」



「首輪に名前や住所が書いてありませんかね?」



「…それが見れればこんなに苦労はしないだろうが」



しかし二人の飼い主探しは始まりから頓挫していた。
なにせこちらは猫の名前もわからない有り様、
少しでも情報が欲しいところだがあの様子では猫に触れることさえ難しい。


二人が頭を抱えようとした時だった。



「みつなり!」



「……!?」



突然幸村が声をあげた。
聞きなれない言葉に首を傾げる二人に、
得意気に尻尾を振り、今度は傍らの猫を小さな手で指して幸村は答える。



「みつなり!」



「もしかして…そいつの名前、なのか?」



頷く幸村の視線の先を見て政宗もようやく合点がいく。
<自分達が頭を悩ませている間に、二匹は互いに名乗り合うところまでいっていたらしい。
相変わらずこちらには態度を緩めようとしない猫に憤りもしたが、
ともかくこれで欲しい情報の一つが手に入ったことは確かだった。



「となると後は…」



そう言いながら政宗は「みつなり」と呼ばれた猫の方を見た。
その首にはキラリと光るネームタグ、
もしそこに住所が書いてあれば飼い主探しは楽に進むはずだ。
しかしそれにはあの攻撃をかわさなければならない。
目の前に立ちはだかる壁は大きなものだったが、
政宗の目はとうに覚悟を決めていた。



「…おい小十郎」



「はい、政宗様」



横目で小十郎を見やると、政宗は意を決して口を開いた。



「お前ちょっと行って見てこい」



「私がですか!?」



そしてその言葉を聞くや否や、リビングに小十郎の声が響き渡る。
思わず間の抜けた声が出てしまったことを咳いで誤魔化そうとしてもみたが、
既に時は遅かった。



「…何て声出してやがる」



「申し訳ございません、ですがてっきり政宗様が自ら行かれるものと…」



先ほどの政宗の様子からは予想のつかなかった展開に、
小十郎が言葉を濁らせる。



「俺が行ったら血祭りになるだけだろうが」



「それはそうですが…」



そんな尤もな理由を出されては小十郎も退かざるを得ない。


確かにあの猫は二人に敵意を向けてはいるが、
どうやら対象によって攻撃の度合いを変えているらしく、
小十郎は政宗ほどの被害を被ってはいない。
妙に堂々と開き直っている政宗が気になりはしたが、
目の敵にされている政宗をこれ以上危険に晒す訳にはいかなかったし、
それに政宗の命令とあれば動かずにはいられないのが彼の常であった。



「わかりました。この小十郎、政宗様のためならば歓んで盾となりましょう」



瞬時に小十郎は心を決めると猫の前に立ちはだかった。
不穏な気配を感じてか、みつなりは唸り声を出して威嚇をする。


対峙しあう一人と一匹、
その間にはりつめた空気が流れる。


だが一瞬の隙を小十郎は見逃さなかった。
すかさず猫を抱えあげると、首輪に付いたネームタグを掴む。
みつなりも負けじと抵抗するが、
不意を突かれたためかその攻撃は空振りに終わった。



「どうだ小十郎?」



「お待ち下さい、今…!」



暴れるみつなりに気を配りながら、小十郎がネームタグに目を凝らす。
その瞬間、彼の顔色が変わったのを政宗は見逃さなかった。



「どうした、何も書いてなかったのか」



「いえ違います。しかしこれは…」



手中のネームタグに書かれていたのは「三成」と言う名前と彼の住所。
どこか覚えのある住所に頭を巡らせると、
そこに浮かんできたのは予想外の答えだった。



「うちの隣……?」



小十郎が口を開いたその時、
ドアのチャイムが高らかに響いた。






*Episode14へ続く?*

ご主人様わからないままでスイマセン!(笑)
予想より長くなったのでご主人様登場は次回に持ち越しです。
きっともうバレバレですよねご主人様のキャスティング…(笑)


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