春風は様々なものを連れてくるという。
だが、それが吉兆ばかりとは限らない。


ならば今頬を撫でる風は、
果たして何を連れてくるのだろう。



***



元就がその違和感に気づいたのは、
盃を酌み交わし始めて暫くが経ったころだった。



元親と過ごす時間はどこか緩やかだと、元就は感じている。
色町で多くの客を迎える娼妓にとって日々は忙しなく過ぎていく。
ましてや遊郭の花である元就のそれは、他の比ではない。


だが元親と会う時だけは違っていた。
他の客と同じように、
他愛もない言葉を交わし、
身体を重ねる。
そんな日々のことでさえも時間の流れが違うような、
そんな感覚がするのだ。


やはりこの男は自分にとって何か特別なのだろう。
あの冬の日に出会ってからというもの、
そんな意識は日増しに強くなっていく。
だがそれを当の本人に言えば、図に乗るであろうことは目に見えており、
決して口にすることはなかったが。



最初の違和感は、元親の纏う雰囲気だった。
目の前にいる元親はいつもと変わらぬように見えるが、どこかよそよそしい。
普段であれば元就が呆れるくらいに話しかけ、
身を寄せ、果てには元就にいさめられるのだが今日はそれがなかった。


そして何より、

今日の元親は元就と目を合わせることをしない。


こちらを見ることはあっても、
その視線は決して元就と交わらず、どこか余所を漂っていた。


交わす言葉から、交わす盃から、
通して伝わってくる元親の変化。



「元親、」



その様子に、元就は意を決して口を開いた。



「貴様、何かあったのか」



「何って?どうしたんだ、いきなり」



元就が問うと、元親は突然のことに驚いたというように笑う。
それでもやはりその視線は元就と交わることはなく、
そのことが余計に、元就の感じた違和感が気のせいではないということを確信づけた。



「今日はどこか様子が違う」



「…そうか?」



問いながら元就は先刻の元親の様子を思い出す。
昼間からこれまでの短い間に何があったのか、
その理由を是が非でも知りたいという気持ちがそこにあった。



「昼間に会うた時はそんな面をしていなかった」



「……気のせいだろ」



一方で元親は思い当たる節がないとかぶりを振る。
元就が問えば、元親がそれをかわす。
そんな光景が暫く繰り返された。

そんな繰り返しの中で、
元就は自身の心が苛立ちを覚えているのを感じていた。


浮世を離れ日々の憂さを晴らす場所である色町で、
元親が今のような態度を元親が見せるのは、
色町の娼妓として不名誉なことであったし、


それに、普段自分には些細なことでも心のうちを明かしてくる男が、
今日に限っては何も語ろうとしない。
それが何よりも気にくわなかった。



「いい加減しつこいぜ、元就」



「しつこいは貴様のほうぞ…!」



押し問答を繰り返したのち、
ついに元就もしびれを切らした。
仮にも客を相手にしている最中だということを忘れ、
思わず声が荒くなる。


苛立ちまぎれに元親に詰め寄ろうと、
身を乗り出した拍子に手が触れた時だった。



「………っ!」



元就の手に軽い衝撃が走った。
瞬時に元親によってその手が払われたのだと元就は悟る。

振り払われた程度は決して強くはなかったが、
それは、はっきりとした拒絶だった。



「元親、貴様…」



漸くその一言だけが口をつく。
その後に訪れた静寂の中、
振り払われた手は行き場をなくしてさまよっていた。



***



夜にたゆたう水面は暗く、
その水底は見えない。


これほど近くにあっても、
どれほど手を翳しても、
広がるのはただ暗闇ばかり。





*4へ続く*

また変なとこで切ったよ自分ったら…!
変なところで次回に続くのは最早当サイトのデフォですね←←
ということでまだもうちょい続きます!

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