静寂の中、様々な思いが逡巡する。
実際にしてみればそれはほんの一瞬の出来事だが、
今の元就には随分と長いものに感じられた。


そもそもの発端は何だったのか、
何故このようなことになったのか、
思いを巡らせど答えは見えてこない。

ただわかっているのは自身のこの手が元親に振り払われたという事実だけ。
そしてその事実が何よりも重かった。



「………」



沈黙を破れぬままの状況が続く。

早く何か言わねば、と思う。
だが口を開いても言葉の出てこない自身に焦らされる。

手を振り払われたならそれでいい。
去る客を追っていてはきりがないという事など、
充分過ぎるほど理解しているつもりだった。

分かっているのにそれが適わない、


そして今までに感じたことのない感情が頭をもたげていることに気づく。
この感情の正体は、
そしてそれを感じさせるこの男は、
一体自身にとって何なのか。
思いがせめぎあい、大きな渦となった時、


ふいに触れた手に意識が引き戻される。



「……!?」



力強い手は元就の細い手首を掴み、
もう片方の手はその背中を寄せる。
そして気づいた時には元就は元親の腕に抱き止められていた。



「もとち、か…?」



突然のことにそれ以上は言葉が続かなくなる。



「悪い…」



代わりに口を開いたのは元親のほうだった。
先ほど自分を振り払った手とは違う、
大きく温かなそれが強く元就を抱き寄せる。



「こんなつもりじゃなかった…」



「………」



悪い、すまない、と
何度も繰り返し耳をくすぐる元親の声と、
抱き寄せられた腕や胸の暖かさに、
それまで揺らいでいた心が凪のように静まっていくのを元就は感じていた。





「…アンタのこととなると空回ってばっかだな」



ふいに元親が口を開く。



「…どういう事だ…?」



ぽつりと、小さな声だったが、
元親の腕の中にいる元就には、それがはっきりと聞こえた。



「時々どうしようもなく不安になるんだよ、…アンタが俺以外の客と会う時なんかにな」



腕の中を覗き込めば互いの視線が交わる。
その視線を反らすことなく元親は自身の心中を吐き出していく。
絡まった糸が少しずつほどかれるように、ゆっくりと。



「俺のいないところで何をしてるのか、そればっか気になって仕方ねぇ。今日だってそうだ」



「……」



「アンタにとっちゃ生きるための糧だ、そんなことを言うのは野暮ってのは充分分かってる、」



「だけどどうしても気持ちが抑えられねぇ…」



そう言った元親の手のひらが、元就の背で強く強張る。
その抑えきれぬ胸のうちを元就は全身で受け止めていた。


かつてこれほどまでに愛された事があっただろうか。
言い寄る男などは数多いた。
だがそれは娼妓としての体や商品価値を好く男ばかりで、
こんなにもまっすぐに、自分を見た者はいなかった。
こんなにもまっすぐに、想いをぶつけた者はいなかった。


やはりこの男は、自分にとって「特別」なのだと、
不確かさが確信へと変わる。



「…悪かったな、一人でこんな空回りして」



心中を吐き出した途端照れくさくなったのだろう、
自嘲ぎみに元親が笑う。
その笑顔はいつもの元親のもので、
ようやく取り戻した穏やかさに、
表情にこそ出さないが元就は安堵していた。



「しかし、貴様は一つ勘違いをしておるぞ元親」



「……勘違い?」



ふいに沈黙を破った元就に、今度は元親が問う番だった。



「俺が何を勘違いしてるってんだ?」



そう聞き返した元親に、
腕の中で体を預けていた元就がをその身を起こす。
相手の腕に手を置き正面に向き直れば、
その視線はより真っ直ぐに交わった。

そして隻眼に褐色の瞳が映った刹那、



「空回りをするのは、貴様だけではないという事だ」



告げたのはたった一言。

だがそれは体面も偽りも関係ない、心からの本音で。
元親にとっても、その一言で全てを理解するには充分すぎるほどだった。



「まさかアンタの口からそんな台詞が聞けるとはな」



ふ、と抑えきれない笑みを浮かべ、
元親は空いた片手で元就の腰に手をまわす。



「いいのか?俺は単純だから自惚れたら止まらないぜ?」



「…好きにすればよい」



そう短く答えると、元就は自らその唇を寄せる。
更けゆく夜、
薄明かりの中に二つの影が重なった。



***



漸く訪れた雲の切れ間、
差し込んだ月光が辺りを照らす。

次第に明るさを取り戻し、静まる水面。
春の嵐が、その終わりを告げようとしていた。






*5へ続く*

ようやく続きアップできました…!
ちょっと色々なものに阻まれてチンタラと続きましたが、
一応次回で終わる、はずです!(笑)

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