始まりは

鼻腔をつく血の匂いと

隻眼の瞳



夜半から降り続いていた雨が止み、外はまだ薄暗い曇天が雨を湛えたまま燻っている。
雨が止み、遠のいていた客も一人二人とまた色町へと戻ってきた。
今日も娼妓たちは夕方に準備をし、客を迎える手筈を整えていた。



ある一室を除いては。



自身の身に起きたことを元就はすぐには理解できなかった。



雨が止んだのに気付き、欄干の襖を開けようと手を伸ばした時だった。
襖が外から開かれ、甍の屋根をつたって何者かが部屋へ押し入った。
伸ばした腕を取られ元就は手を引こうとしたが、強い力にそれも叶わず、部屋の隅の薄暗がりに追いやられた。


薄暗がりの中
背中に壁の冷たさが伝わる


気がつくと眼前には隻眼の瞳があった。
片手を取られたままの元就の首には隻眼の男の手が回される。
細い首に回された指の感覚に
男の纏う乾いた血の匂い、紫紺の瞳が元就の五感を更に覆った。


「しっ…声を出すなよ―・・・」


押し殺した声で男が囁く。
元就の頬には血のこびりついた小刀があてられていた。


「――・・・・・・・」


ひんやりとした刀の感触が頬に触れる。

それでも心は不思議と落ち着いていた。
首に回された指が元就の静かな呼吸に合わせて上下する。


「悪ぃ…少しの間じっとしといてくれ。」


何かから逃れるように男は元就に覆いかぶり、息を潜める。
更に深くなる静寂
自身の呼吸と鼓動が不気味なほどに大きく聞こえた。

口を開くけれど、声を出すことを忘れたかのように喉からは小さく息が漏れる。
そして何よりも声を出すことを忘れるほどに――、深い紫紺の瞳が元就を射抜いた。


「・・・・・・・・――」


静寂が続く。


次第に増えてきた客の賑わいと雨樋を伝う雫の音が遠くに聞こえる。
不思議と恐怖は感じなかった。
紫紺の瞳と銀の髪が眼前を支配する中、この異様な静寂は永遠に続くかと思われた。


「…なんとかやり過ごせたみたいだな。」


何刻が経っただろうか。
長い静寂の後、男はやっと口を開くと、元就の首を押さえていた手を離した。


「・・・悪かったな、驚かせて」


そう言って男は刀を収めた。
先ほどとは打って変わった穏やかな顔で、男は指の腹で元就の首筋にそっと触れる。
先刻は刀を向けていた男が、今は壊れ物を扱うかのように自分に触れている。
一言も言葉を発することなく、元就はただその奇妙な男を見据えていた。


「じゃあな、お姫様・・・この借りはまた後でな」


男は去り際に元就の耳元にそう囁くと、再び欄干を乗り越え屋根伝いに消えていった。


後にはまた新たな静寂が残された。
外はいつの間にかまた雨が降り出していた。

一人残された薄暗がりの中
男が囁いた耳元に元就はおもむろに手を添える。



時雨がもたらした邂逅――
雨音を聴く耳は何故か熱を帯びていた。





*2へ続く*

なんだか色々模造だらけ
元親の眼も色がよくわからんから自分の好みで模造です(笑)

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