雨の切れ間の刹那の邂逅。

出会ったのは褐色の髪と瞳の娼妓。

冷えた空気の中、首に添えた手は僅かな温もりを感じていた。




あの一件から幾日が経った。
突然部屋へ押し込み出て行った隻眼の男。
無礼極まりない輩だったが、二度とまみえることはないという元就の考えとは裏腹に、 男は再び遊郭に現れた。

今度は侵入者としてではなく客として。
自らを元親と名乗った男は、その日から度々元就の元を訪れるようになった。



そして今日も――



「よう今日も来たぜ、お姫様」


襖を開けるとそこには件の男、元親が座敷に胡坐をかいて座っていた。


「・・・・・・・・・・・・」


目の前の男を見て、元就は明らかな侮蔑の表情を浮かべる。


「あーあ、そんな顔してっと美人が台無しだぜ」


「・・・・貴様が来なければもっと別の顔もできよう」


「はは、相変わらずツレねぇな」


底抜けのように明るく笑う元親から離れた場所に元就は座する。
無礼にも部屋に押し入り、自分を脅しただけでも充分に腹立たしいことではあったが
その男が再び現れ、目の前にいるのは元就には一層我慢のならぬことだった。

それ故に元親が訪ねて来てもまともに視線も合わすことも会話をすることもなく、
大抵は元親の一人語りで終わるのが常であった。




「なあ、お姫様」


「その姫というのはやめろ」


後に続いて容赦のない言葉を元就は投げる。


「だってアンタはここじゃ評判が高い娼妓なんだろ?だったらピッタリだぜ、お姫様」


「・・・やめろと言っている」


飄々とした声に苛立ちを含んだ言葉の応酬。
何を言っても効かぬこの男に苛立つ気持ちをぎりぎりのところで押さえ、何とか平常心を保とうとする。


「・・何故貴様は我の元に来る」


何度来るなと言っても姿を見せる元親に元就は尋ねる。
大して銭も持たなさそうなこの男が何故こうも頻繁に自分の元を訪れるのか、元就には不思議でならない。


「言ったろ?借りは返すって。あの時の詫びに、少しは揚げ代の足しになりゃいいかと思ってな」


「ふん、余計な真似を・・・貴様が我の前に現れぬことが一番の詫びの入れ様よ」


「・・・随分嫌われたもんだねぇ俺も」


少しも軟化することのない元就の態度に元親は苦笑する。


少しでも早く時が過ぎることを、この男が来る度に元就は願っている。
元親から視線を逸らし、今日も只々時間の過ぎるのを待った。




「なあ、アンタって俺のことあんまり見ないよな」


胡坐に肘をついて、元就の横顔を眺めていた元親が不意に呟く。


「・・・・・・・・・」


「ま、あの時で随分嫌われちまったからな」


「・・・・・・・・・・・・」


こうして顔を逸らしていても、元就は元親の視線を横に感じる。
あの日の深い紫紺の瞳。
何もかもを見透かしそうな深い色の眼差し。
どんなに視線を逸らしても、それは逃れようのない深淵だった。



「本当の答えを教えようか?」


「・・・・・本当の?」


「何でお前ここに来るんだって言ったろ」


「・・・・・・・」



「アンタが綺麗だから、さ。だからこうして何度も来ちまうんだ」


そう言って自分を見すえた男の眼はどこまでも真っ直ぐで

宵闇のように濃く、深かった。
その何もかもすくわれるような瞳に


「痴れ言を・・・・・・・・」


ただそう呟くことしかできなかった。



今日も色町の夜は更ける。
空を覆った宵闇の色は
どこまでも深い紫紺の色だった。





*3へ続く*

ザ・尻切れトンボ!!
誰かがシキにチカナリの神を宿してはくれないだろうか・・・

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