日の沈んだ色町に一つ、二つと明かりが灯る。
闇を増すごとに数を増やす灯籠。


それは一夜限りの夢路を灯す送り火の如く、淡い光を放っていた。



今夜も廓を訪れた元親を元就は迎える。
だが客としてのもてなしもしなければ、体を重ねることもない。
只いつも他愛もない話をしていつも過ごす、
最も元親一人が話し役に回ることが殆どだったが。
あの雨の日から幾月。
思えば妙な腐れ縁になったと感じずにはいられなかった。




その日、いつもと違う何かに気付いたのはふとした瞬間だった。

普段と同じ場所、同じ時刻。
座敷に腰を下ろす元親に別段変わったところはないように思える。
しかしそれでも眼前の違和感は拭い去れなかった。

同じ表情を見せながら、その奥から感じる不確かな違いを感じ、
元就は眼前の男を見据えていた。





曖昧で不安定な感覚だった。
しかし何処か覚えのある感覚――



「おい、元就?」


突然の声に元就の思考が途切れる。
考えを巡らせていた元就の顔を、いつの間にか元親が覗き込んでいた。


「何ボーっとしてんだ」


「・・・呆けていたなど人聞きの悪いことを、少し考え事をしていただけだ」


隻眼の目に褐色の瞳を映したまま問う元親から、視線を逸らして元就は答える。


先刻より強く感じられる違和感。
元親が近付いたことでそれは徐々に輪郭を伴ってくる。




「もしかして俺のこと考えてた?」


冗談まじりに元親が笑みを浮かべる。
この男が期待するような意味ではないにしろ、
不覚にも図星をとられたことに、逸らした視線が再び合わさる。


「自惚れるのも大概にしろ、誰が貴様など・・・」


そう口を開くと共に、己の瞳に映った男の笑顔。
その瞬間、先程までのおぼろげな輪郭が形を成した。




胸の最奥でくすぶっていた感覚。
それはあの時の、





「・・・・血の、匂い」


目の前の男に纏わりついて離れなかったのは血の匂い、
全ての始まったあの雨の日と同じものだった。


「やっぱ、簡単には落ちねぇか」


視線を合わせ相対する二人。
自身が纏う残り香に気付かれた元親は苦笑の混じった溜息を吐いた。


「あの時と同じだな、貴様のそれは」


「・・・ここに来る前にちょいと野暮用があってね」


野暮用、と言った元親はその隻眼を伏せる。
あの時も元親は血の香を負っていた。
それもやはり、この男が言う所の野暮用の後、というものだったのだろう。






「・・・思えば、我は貴様のことを何も知らぬのだな」


ふとそんな言葉が口をついて出る。
突如欄干から表れた、血の匂いを纏った不遜な男。
元就の知り得る全てはそれだけだった。
それ以外は何も知らない、語られることもない。
どれだけ廓を訪れ言葉を交わしていようとも、この男は自分自身を語ることはしなかった。

向かいに座る元親を見据え、元就は心中で問う




一体お前は何者なのか、と




「そんなに俺のこと想ってくれるとは思わなかったなぁ」


「・・・何故そうなる、勘違いをするな馬鹿者が」


だが返ってきたのはいつもの気の抜けるような笑み。
その眼帯に覆い隠した瞳の様に、この男の真理は見えることがない。


「まあ、そう照れるなって」


そう言った元親の手が徐に元就の頬へ伸びる。
頬に触れた指と、近付く隻眼。
その指は冬の冷気の中でさえも尚、暖かさを孕んでいた。
その温もりに元就は動きを止める。
次第に距離を縮める元親に、我に返った元就は頬に触れるその手を振り払った。


「・・・・もう去れ、貴様とこのように馴れ合うつもりはない」


どこまでも己を隠し微笑む男。
手を振り払われた後の表情も、
またな、と去り際に見せた表情も、やはりいつもの笑顔だった。







列を成し灯る明かりを元就は見下ろしていた。

あの男を知りたいなどという想いを抱いたのは、
頬にかかる手をすぐに振り払えずにいたのは何故か、
果てのない問答をその胸中に繰り返しながら。





一夜の夢路を渡り損ねた者を残し、色町の灯は今宵も淡く光る。





*5へ続く*

やっとナリに芽生えたっぽい恋心(?)
しかし本来の遊郭とはかけ離れた遊郭っぷり。
そんなご都合主義万歳です。
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