荒涼たる、夜の淵に佇む。
寒々と広がる世界は変わり行くことを知らず只そこに存在し続ける。
けれどそこに訪れた、僅かで不確かな変化。


その訳を、我は知らない。



***



昼前のまだ客のない時分、
冬の薄明るい光が差す自室に元就の姿はあった。

血の匂いを纏った元親、
その香から逃げるように、その手を振り払ったあの夜から数日、

元親は姿を見せない。

三日と空けずに廓を訪れていた男が姿を見せなくなった、
それにすっかり慣れていた店の者は珍しいこともあるものだと冗談めいたように首を傾げる。
そもそも間を空けずに頻繁に訪れる者の方が余程稀なのだが、
それほどまでに元親の存在は廓の中で一種の名物となっていた。



「…何のことはない、只元通りに事が成っただけだ」



自室に元就の声だけが響く。

全て元通りになったはずだった。
あの不遜な男に惑わされることもない、娼妓としての平坦な日常。
それを望んでいた筈だった。
しかしどこか釈然としないのは何故か。

そう思いながら一人部屋の一隅に座る元就の背に、欄干からの音が聞こえる。
襖越しの微かな音。
衣擦れの音をさせて元就が近づくと、
にゃあ、という鳴き声をあげて来訪者は襖を引っ掻いた。



「……またお前か」



襖を開けて招き入れると、
やはりそこには以前も訪れた猫が座していた。
くすんだ灰色の毛並が風に揺れている。
猫は元就の問いに応えるように再び鳴くと、その懐に飛び込んだ。



「…欄干から訪ねてくるとは、あの男と同じだなお前は」



肌に触れる柔らかな毛並を撫でながら元就は一人ごちる。
喉を撫でてやれば心地良さそうに猫は低く喉を鳴らす。
撫でる指先にはその温もりが伝わった。



「揃いも揃って、無粋な真似を」



そう言って懐の猫を見下ろす。

しかしそれと同時に浮かんだのは元親の姿だった。
その瞬間、元就の手の動きが止まる。
その一瞬の念をかき消すためか、
欄干を見据えていた目を、色町の景色へと一心に向けた。


あぁ、全く、
言葉にならないほどの感情が渦を巻く。
何故瞬間でもあの男が過ったのか、自身でもわからなかった。

あの男がいないことが常の筈だった。
それを望んでいた筈だった
しかし心の一隅がそれを許さない。
此処に居ようと居まいと気を乱れさせる、
何とも理解しがたいあの男が再び浮かぶ。

あぁ、全く、



「…全く訳の解らぬ男よ」



ようやく紡がれた言葉、

腕に抱いた猫がそれに応えるかのように、にぃ、と一声鳴いた。





それは、僅かで不確かな変化。





*6へ続く*

前のから時間が経っちゃって申し訳ないorz
しかも短めでさらに申し訳ないです(土下座)
猫と元就の組み合わせって個人的に好きです。

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