長く続く、閉ざされた冬。
その荒涼とした風が吹く中で、
いつしか冬の大地は、暖かな春を渇望する。
その訪れは、ある日突然に。
***
あれから更に数日。
未だに顔を見せない元親に、
最初は気の迷いとしていた元就の動揺も、次第に押し隠せなくなってきた。
客は来る者もいれば去る者もいる。
その客が姿を見せなくなったからと言って、気にしていては仕事にはならないのだ。
そうした言い聞かせが、今は心の中で上滑りをする。
そんな自分に訪れた変化に気づいてはいた元就だったが、
その変化の理由は未だ解らずにいた。
刹那、居間に座す元就の背後で音がした。
にぃ、と鳴く声に来客の正体を悟った元就は、
欄干に近付くとその手で襖を開けた。
「すっかりお前は馴染みになったな、」
そう言い、入り込んできた客人を抱えその首筋を撫でる。
客人の、灰色の猫の甘えた声を耳にしながら、
冬の薄明るい町並みを欄干越しに眺めていたその時、
「へぇ、随分懐いてるじゃんかソイツ」
突如背後に聞こえた声に、外を見据えていた目が開かれた。
***
「ふん、生きていたのか」
「おいおい、そりゃないだろうよ」
久方ぶりの会話、
しばらくぶりに聞く声に、
元就は肩越しに視線を投げる。
暫く顔を見せなかった男の顔は少しも変わることなく、元就を見下ろしていた。
「本当に、ここに来るのは久しぶりだな」
「そのまま来なくなっても我は一向に構わなかったのだぞ」
「相変わらずだなぁ、アンタも」
傍らで苦笑する元親、
その顔も声も、全てがいつもと変わらぬものだった。
だが一つ、最後に廓に来た時にはなかった変化を元親に見つける。
ふと視線を移した先に見えた元親の懐。
それは既に塞がってさえいたが、確かに刀傷だった。
懐に浮き上がった傷に、元就の視線が止まる。
そしてそれを目の当たりにした瞬間、
何か得体の知れない思いが胸中に沸き上がった。
その傷に、心がざわつく。
以前は微かなものだったその動揺が、抉じ開けられたように大きくなった。
突然沸き上がった感情、
その訳の分からぬ感情が元就には煩わしかった。
只の客であるはずの男に、何故こんな思いを抱くのか。
抑えようとしても抑えきれぬ波が、
今元就の中で渦を巻いていた。
「……り、おい元就」
ふいにかけられた声に、意識が引き戻される。
「どうしたんだよ、ぼーっとしちまってよ」
視線の先には元親が、
顔を覗き込むようにして元就を見ていた。
自らの目に男の隻眼が映る。
欄干から入ってきた不遜な男、
どんなにあしらおうとも、自分の元に来続ける男、
それ以外は何も知らない、只の客である男。
その眼に隠された奥底を、元就は初めて探りたいと感じていた。
「……貴様といると、調子が狂う」
ふとそんな言葉がついて出る。
それを聞いた元親の視線が止まるのを元就は見た。
「どうしたよ?いきなり」
「分からぬ、貴様を見ていて何となくそう思った」
止まった視線は次いで笑みに変わる。
その眼を見据えたままで元就は答えた。
「ふーん、そうか」
「…何故笑う?」
訳知り顔で男は笑う。
そんな眼前の元親に、少しの苛立ちを覚えはしたが元就は問い返した。
「いいや別に。…それよりその訳、知りたくないか?」
そんな元就の顔を覗き込むようにして元親が問いかける。
「……何?」
「ただ方法は多少強引だから…」
言葉の意図をすぐには飲み込めず、思わず口を開く元就に、
その刹那返ってきたのは、そっと触れるほどの口付けだった。
「断るなら今のうちだぜ?」
そう言って元親は元就の手を取る、
いつぞやその手を握った時のように。
だが以前と違うのは、
今の元就にはその手を払おうとする意志がなかったということ。
自身の手にある男の温もりが、
何故かひどく心地よいものに感じていた。
瞳に映る隻眼が近づき、再び口付けが交わされる。
近付いた顔に目を閉じる一瞬、
元就は己の中に答えを見つけたような気がした。
朧気な答えがはっきりと輪郭を持ち始めた、
そんな瞬間だった。
*7へ続く*
ようやっと成就しましたチカナリ!
ちなみにこの後の展開は私のスキルが足りないので強制暗転(笑)
次ぐらいで完結する予定です!
ブラウザバックでお戻りください。