一人佇んでいたはずの冬の荒野。
そこに吹いた穏やかな風が不思議と心地よく、
いつの間にか目を閉じていた。



***



昨夜の記憶は朧気にしかない。
目覚めたばかりの、まだ靄のかかった頭の中で元就は思考を巡らせていた。
そしてふと視線を移すと、
あの男が傍らで寝息を立てているのが目に入る。



「惚けた面で寝おって…」



大きな子供のような、締まりのない寝顔。
その顔に一人呆れながら、
聞こえぬほどの僅かな声で呟いた。


冬の朝の部屋。
布団の中とはいえ、その空気は鋭く冷えている。
その冷えた風が頬を撫でるに従って、
自然と自身の頭が昨夜の事を思い出し始めていることに元就は気付いた。




ああ、そうだ我はこの男と。




漸く覚醒した頭が、今度は一気に昨夜の情事を映し出す。
押し留めようとしてもそれは止まることなく元就の脳裏を支配していた。


その残像を消し去ろうと、
おもむろに蒲団を抜け出し欄干の際に立つ。
小さく開いた襖から階下を見下ろしながら、
薄い羽織一枚の体には冷たい、冬の風を受け止めていた。


それでも記憶が、想いが消えない。
それどころかそれは次第に輪郭を伴い、更なる像を形作っていく。



時雨の出会い、
血の匂い、
見つめる隻眼、
あたたかな掌、



次々と溢れ出るような記憶に溺れそうになる。
しかしその記憶は不思議と心地のよいもので。

そして何より不可思議なのは、
最初は嫌悪しか感じなかった男を、自分が受け入れたという記憶だった。



そんな止めどのない思いを巡らせる元就の視界に、色町の景色が広がる。
明け方の町は相も変わらず静まり返っていた。
幾度も此処から見下ろしていた変わり映えのない景色、

だがそれさえも今は変わって見えた。



「あんまりそんな格好でうろつくなよ」



ふいに背後から声がかかる。
目をやる横には、知らぬ間に起きていたらしい元親が肩を並べていた。



「少々の間なら大事ない」



そう短く答えて外を見据える元就に、ふと元親の顔が緩んだ。



「…何を笑っておる」



「いいや、何も」



「ふん、訳の分からぬ奴よ…」



とりとめのない会話、
只そこには確かな何かが存在している。


互いに言葉を交わす二人の間を、昨日とは違う風が凪いでいた。





その時の記憶は心に深く刻まれている。

見上げる褐色の眼に、
見下ろす紫紺の隻眼。



そしてあの男の言葉。





「見てろよ元就、じきに本当の春が来るぜ」








「この色町にも、アンタの心にもな」





*完*

これで完結です!
亀並みの更新で、かつ色々な点で拙いブツではありましたが、
ここまでお付き合いくださって感謝感謝です!

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