「…ねぇ、知ってはる?」



脳の奥底をくすぐるような甘い声で、
女は彼の耳朶に囁いた。




*       *       *




夜の静けさを忘れ色づく色街。
連なる朱塗りの屋根に下がる灯り、
目の眩むような極彩の色をはためかせ、街は今日も息づいていた。



その街の一角、或る遊女屋で。



「ねぇ、薬売りさんってば」



再び女の声が囁く。



「聞こえていますよ、露菊…さん」



女の髪の感触を肩に感じ、
薬売りがその視線を傍らに向ける。
露菊、と呼ばれた遊女は細く白い指を薬売りの肩に置き、その身を寄り添わせた。



「…それで、何でしたかね」



外は夕刻。

遠くの空が次第に暗くなりだした時分だった。
既に客人は集い始め、各々が懇意の遊女たちと語らう中、
その一室で片手に漆塗りの盃を携えた薬売りは、
横に控える彼女に言葉をかける。



「もう、やっぱり聞いてないやないの」



その言葉に咎める様な彼女の声が続いた。



「おや、これは失礼…」



「今度はちゃんと聞いてくれなあきませんよ…?」



そう彼女が言った瞬間、どっと声が沸き上がる。
隣からも向かいからも聞こえる酒宴の喧騒、
その声に二人の声はかき消された。



「…それじゃあもう一度言いますえ?」



「ここの遊女屋にはね、」



傍らの薬売りに自身の声が聞こえるように、
彼女は身を近づけると声を潜め、
そして好奇に満ちた蠱惑的な瞳で見上げ、言葉を続けた。









「奇妙なことが起こる部屋があるんよ…」






>>>弐
マダムキラーを遊廓にぶち込むとどうなるかという話(違う)
序から間が空いた上に短くてすまないですorz