宴も終わり、再び夜の静けさが訪れた。

ある者は家路に着き、
ある者は女と共に一夜を明かす、
そんな各々がそれぞれの時を刻む中、廓の一室に薬売りはいた。


静かな部屋、
その遥か遠くの方では虫の鳴く音が響く。
高く低く聞こえる澄んだ音色が耳朶をくすぐる。
それぞれの部屋で遊女を待つ男たちにも、この音は等しく聞こえていることだろうと、
部屋の一隅で一人、とりとめのない思いを巡らせながら座している。

しかしそんな中でも奥底では一つの意識が頭をもたげ、
研ぎ澄まされていた。



「さて、見事読みが当たるか否か…」



そう呟く薬売りの傍らで、剣の鞘がカタカタと揺れて音を立てる。

この廓には「何か」がいる、
そう剣は告げ、また自分自身の本能もそれを伝えている。
後はその「何か」を待つだけと、
行灯の薄明かりが灯る中、薬売りは壁を背にして座っていた。


その時、
はらりと衣擦れの音がしたかと思うと、薬売りが座す座敷の襖が開いた。
そこに現れたのは、露菊と呼ばれていた先刻の遊女だった。
酒宴の時の盛装とは違う、白の夜着に身を包んだ彼女は、
静かに座敷に入り薬売りに歩み寄ると、
再びその蠱惑的な笑みを向けた。



「随分と待ったでしょう?」



寄り添わせた身体から香の微かな香りが漂う。
その香りに包まれ全てが溶かされていくような、
そんな甘美な香だった。



「…えぇ、待ち焦がれましたよ露菊さん、」



そう薬売りは返すと、
その香りを視線を、そして彼女という全てを閉じ込めるかのように、
彼女の腕を取ると自らの懐に引き寄せた。

夜の闇、行灯の灯る薄暗い部屋、
まるで絵に描いたような情緒の只中に薬売りはいた。



「露菊さん、」



そんな情緒の中、
彼女を腕に抱いたままで、薬売りが口を開く。



「私は是非教えて欲しいことがあるのですよ…」



「あら、何やの?」



傍らに寄り添う彼女は小首を傾げ、その視線を向けた。


そして互いの視線が合わさった刹那、



「本物の露菊さんは、何処に、いるんでしょうねぇ?」



薄闇に薬売りの声が凛、と響いた。



「………っ!!?」



その言葉に彼女が目を見開いた時、
薬売りの視線はもう彼女に向いてはいなかった。
その目は只ひたすらに真実を、
この部屋に潜むものの存在へと見据えられていた。



「女の勘、と言うように男にも勘の冴えた者はいましてね…」



呆然と目を見開く女の耳に、
その声は朗々と響き渡る。



「…私は、一度盃を交わした相手をそう取り違えやしませんよ、」



女を抱く腕の力が強まる。
首筋に触れる女の髪に目を落として、薬売りはその声色を変えた。



「…さて、もう一度問おう」









「…お前は、“何”だ」






>>>四
間が空いてスイマセン、3話目です。
うっかりしたらそのまま濡れ場に突入しそうで焦った管理人。