それはあまりにも刹那の出来事だった。



次に目が開かれた時、そこは暗澹とした世界だった。
夜の闇とも違い、虫の音も聞こえない、
ただ深い闇の世界。
その果てのない景色が双眸に広がっていた。



「…此処は」



辺りに漂う不穏な空気を感じながら、
薬売りはその場所に立っていた。

先刻。
女を装い、近づいてきた“何か”の存在に薬売りは気づいた。
その瞬間、自身の身体が吸い込まれるような感覚と共にこの場へと誘われ、
そしてこの場に至っている。
察するにここは壁の裏側の空間、
物の怪という存在によって作り出された異界なのだろうと、
その思いが瞬時に過る。



「なるほど、私はここに招かれた客…と言う訳、か」



そして今、一人呟く薬売りに答える者は誰もいない。
その沈黙の中で薬売りは只ひたすら歩みを進めた。

カラン、カランと下駄の音が共鳴する。
その歩みの中、
ともなく感じる気配に意識を研ぎ澄ませながら。
カラン、と乾いたその音は得体の知れぬ何かに対する警鐘のように響いていた。


そして不意に、下駄の音が止んだ。



「………」



薄闇の中に、薬売りは気配を感じ取った。
ゆっくりと、しかし確実にそれは自身の元へと近付いてくる。
その正体を見透かすように薬売りは辺りへと目を遣る。
暗がりに次第に慣れてきた目は、
そこに隠されていた真をさらけ出すかのように見据えられていた。



「…そこにいたか」



不意に薬売りが口の端を上げて笑う。
低く押さえたような声が辺りにこだました。



「なるほど、こういう訳か…男達が次々と消えていくとはね…」



その視線の先には先刻の女の姿があった。
俯き加減に佇むそれは、傍目は普通の女に見えた、
しかしそれは次第にその形を崩し、
そのモノの持つ真の姿へと形を変えていく。

滑らかな白い手はくすんだ茶褐色に、
その艶やかな肌は乾き音を立て、
丸く開かれた瞳はうち窪み、
きらびやかな着物は色を失くし、

その姿はさながら一本の樹木が朽ちて其処に存在しているような、そんな様であった。
その姿を薬売りは只真っ直ぐに見据えていた。

最早完全に枯木と化した女の姿、
薬売りは、佇むそのモノの傍らに視線を落として呟いた。



「…男を誘い込み、此処へといざなう、」




「それがこの廓で起きた真」



カチン、と剣の音が鳴る。



「それを引き起こした理は何だったのか…」



「…お前に問うことにしよう」



「物言わぬ彼らの代わりに、」



そう言って視線を落としたその先。
女の足元には、無数の髑髏が横たわる。
無惨にも打ち砕かれた白骨は、紛れもなく消えていった男たちのものであった。



「モノノ怪の家鳴り…」



「その、形を得たり」



そうして二度目の剣の音が響いた






>>>五
これまた間が空いてスイマセン…!
あとは理を残すのみ!