「薬売り…だと?」




紅い隈取り、華美な着物に身を包んだ男。
薬売りと名乗った男は農夫の問いに薄笑いを浮かべる。
その顔に描かれた文様が、男の持つ妖しさを更に引き立たせていた。




「薬売りが…村のものでもない奴が何故ここにいる?」




山の奥深い辺境、
ましてやこの雪では寄り付く者はいない筈の村。
其処に現れた男に、当然ともいうべき問いが投げ掛けられる。



しかし目の前の薬売りは己の表情を崩すことなく座っていた。




「………」




互いの間に奇妙な間が流れる。
しばらくは農夫の言動を只静観していた薬売りだったが、
ふ、と口を開くと再び言葉を発した。





「しかしひどい雪だ…」




その声は只ひたすらに淡々と。




「…薬売りという職柄国中を巡っていますがね、こんな雪深い中を歩くのは初めてでして…」





淡々と紡ぎ出される。





「身動きがとれず難儀していたのですが…この村を見つけましてね…」





「渡りに船とは…このこと、ですよ」





「…ここはお前みたいな余所者の来る場所じゃない」




「しかし…この雪の中出ていく訳にもいきませんぜ」




「そんなことは関係ない」




薬売りの言葉に、覆いかぶさるように男の声が続く。




「せめて雪が止むまでは、」




「余所者は村に入れない掟だ」




「居させてもらえないでしょうかね…」




「何度言われようと同じだ…!!」





互いの応酬に終わりを告げるかのように
農夫の怒声が屋敷に響く。





突如張り上げたその語調は荒く、
そこに怒りのようでいて、
しかし何かに脅えるような、
そんな雰囲気を帯びていた。











「……………」




「…随分とむきになっていますね」




静まり返った部屋に、薬売りの声だけが燐と響く。








「ねぇ村人さん、あんた一体…」






「何をそんなに恐れているんです…?」









コイツは普通じゃない



瞬間に農夫はそう感じとった。
根拠など存在しない、
何もかもを見透かしたように語るその声や瞳に、
更なる自身の奥底を見透かされる気がして恐ろしかったのだ。



そうして農夫が声を詰まらせたのと同じ刻、
背後の戸が勢いよく開かれた。
その音に農夫は振り向く。

農夫の振り向いた先にはこの村の住人が十数人、
降り続く雪を背に戸口に佇んでいた。




見慣れた顔ぶれに安堵した農夫は薬売りに向きなおり、




「お前とのくだらない話もこれまでだ、」




「余所者はとっとと…」




出ていけ、と
そう叫ぼうとしたはずだった。






それが敵わなかったのは、あるモノを見てしまったが為。




農夫の背後に聞こえたくぐもった声、
その異様な音に振り向いた農夫は、視界に映る更に異様な光景に言葉を失う。



戸口の村人たちは皆虚を見つめて凍りついたように佇んで、






否、本当に彼らは"凍って"いた。




まるで氷の塑像のように彼らはそこに留まっており、
農夫の目の前でその凍てついた体は
凍った皮膚や血管の千切れる、軋んだ鈍い音を立て




砕け、
散った。




その四肢は散乱し、見るも無惨な状態となって、
欠片となり辺りに散らばる。




「現れた、か…」




密めく薬売りの声

刹那響く農夫の絶叫、

刹那吹き荒れる吹雪、








そうして再び戸は閉ざされる。







>>>参
薬売りが悪いやつに見える。