「ば、馬鹿馬鹿しい…物の怪など…」




途切れ途切れの声に、焦点の定まらぬ視線。
薬売りの目の前で、農夫は明らかな動揺を見せていた。




「いいえ、これは紛れもない事実ですよ」




その変化を見逃さなかった薬売りが淡々と言葉を重ね、
そしてそれは次第に農夫を追い詰めていく。


農夫はまず何よりもこの男から逃れたかった。
しかしそれが敵うにはあまりにも今の農夫は力のない存在。
薬売りの襟元を掴んでいた手も離れ、今や拳を固く握ることでしか己を律する術がなかった。




「…実際心当たりがあるはずだ、貴方にはね」




「………っ!」




「この村にはかつて何かがあった…その結果が今、物の怪となって現れている」




未だ座したまま姿勢を変えぬ薬売りであったが、
体勢としては圧倒的に有利なはずの農夫を圧倒させるほどの雰囲気がそこにはあった。
そして尚も言葉は農夫を責め立てる。




「では誰が、」



ドクン



「どのような理由から、」



ドクン



「何の為に、」




辺りに聞こえそうな程に農夫の鼓動が高鳴る。




「私はそれを知りたいのですよ…」




「………何故、それをお前に教える必要がある…」




薬売りの言葉に対し、
振り絞るようにしてやっとその言葉が口をつく。




「物の怪を斬る為…ですよ」




開かれた薬売りの口に鋭い犬歯が覗く。


「斬る」という言葉に農夫が目を見開いた刹那、
チリンという鈴の音と共に薬売りの背後から剣が飛び出した。




「…この村には物の怪が存在する」




それは見たこともないような剣。
突如現れた剣に驚く農夫に薬売りがゆっくりと口を開く。




「その背景には必ず“形”」




伸ばされた手が剣を掴む。




「“真”」




気圧された農夫が後退る。




「…“理”が存在する」




距離を置こうとする農夫に薬売りはゆっくりと歩み寄りその距離を縮める。


一歩、また一歩と。




「その三つが揃うことによって物の怪を斬ることが可能となる、」




「や、やめろ……」




後退る農夫の背後に壁が迫る。
逃げろ、逃げろという警鐘が、農夫の胸中に鳴り響いた。




「…だから、貴方の話す真が必要なんだ」




「やめろぉおおおっ!!!!!!」




話してはならない
知られてはならない
様々な感情が渦巻く。




「俺は…っ俺は何も知らない、何も…っ!!!!」




後ろへの逃げ場をなくした農夫が扉に取り付き力任せに開け放つ。
開け放たれた扉の外では吹雪が視界を覆っていた。
吹き荒れる雪の礫が農夫の腕や顔に突き刺さるように当たる。


辺りは荒れ狂う銀世界、
吹雪に目を細めた農夫が視線の先に捉えたものは、


白色の中、なびく黒い髪の女。




「姿を見せたか…」




背後の薬売りの声
前方の女が見せた素顔
その狭間に響いた叫び。

瞬間、農夫の咆哮よりも強く鳴り響く風が、男の体を飲み込んだ。






*       *       *






屋敷の戸口。
後に残った薬売りが剣を手にしたまま呟く。




「物の怪の形は…雪女」




「その真と理はこれ如何に」




カチンという金属音を剣が立てる。
一人残された居間、答うる者のない問答に、響くのは風の音。




「さて、それでは手操り寄せるとしましょう…」




見据える先の雪原には、無数に並び立つ天秤の姿。




「真と理、を」







そして、事態は真理に向かって動き出す。






>>>伍
これがホントの言葉攻め。