何故こんなことになったのか、
荒れ狂う吹雪に飲み込まれる中、農夫は想いを巡らせていた。


巡らせども
巡らせども
最早それは定かではない。
けれども最初の「真」は水面に広がる波紋の様に急速に広がっていった。





事の発端は一人の女だった。
村の一角に一人で暮らしていた彼女は、傍目から見れば姿形の整った女だったと言えただろう。
その器量と明るさが故に彼女の周りには常に人がいた。
特別親しい間柄という訳ではなく、挨拶の他は言葉を交わすことはあまりなかったが、
農夫は彼女に対しそのような印象を抱いていた。



それ故、余計に農夫は理解ができなかった。
その後の彼女の境遇が、
そして村人たちの仕打ちが。




「なるほど、ね…」




その刹那、
吹雪の中に薬売りの声を聞いたような気がした。



そして真が姿を見せ出す。




*       *       *




誰も訪れぬようなこの辺境では役人の目が届くはずもなく、村人による自治が行わていた。
村のことは村の男達によって取り仕切られ村の生活が成り立つ。
日々の微細な事柄から掟に至るまで、全てが村人の手によって動いていた。


全ては円滑に行われていたはずだった。
あの出来事が起こるまでは。



ある日村の畑から火の手があがった。
冬の乾いた風が吹く頃だった、
火の手は瞬く間に広がり村の畑の殆どが失われることとなった。
他の村との行き交いもない隔絶されたこの村にとって、それは絶望極まりないもの。



「何故」
「どうして」



そんな問いが投げ掛けられる。
最初は皆この状況を嘆くだけだった。
だがその問いは次第に歪んだ感情を孕んでいくようになる。



「誰がこの状況を作り出したのか」と。



疑心に駆られた感情は止まることを知らない。
そして村人達がその捌け口に選んだのが――


彼女だった。




火元が彼女の住む場所の近くであったこと。
彼女には身内もなく庇い立てする者もいなかったということ。
それが彼女に目が向けられた理由だった。



今でも思う。
あれは本当に彼女が起こしたものだったのか。
只の天災ではなかったのか。
しかしそんなことは関係なかった、
村人たちは只やり場のない憤りを何かにぶつけたかったに過ぎない、
そして彼女という存在がそれに相応しかったに過ぎないのだ。



そして彼女は死んだ。
一同の前に晒され私刑という凄惨な方法で。


飛び交う罵声
女の悲鳴


自分はそんな彼らの姿を見ていることしかできなかった。
口を閉ざすしかできなかった。
状況に逆らうことが何よりも怖かったのだ。






皆が去った後の広場には、彼女の無惨な遺骸が残った。
白く濁った空から雪がはらはらと落ち、物言わぬ骸に降り積もる。



村には何事もなかったかのように日常が戻っていた。
まるで彼女という存在など元からいなかったかのように。



自分はそれを見ながら人知れず泣いていた。
歪んだ村人の姿の恐ろしさに、
そして同時に自らの罪深さに。



だが尚も愚かしいことに
それを口に出す勇気もなく、自分はただ口を閉ざしたままでいた。





*       *       *





ああ、そうだ。




「…俺も、皆と同じだ…」




吹雪にまかれ遠のく意識の中、
長い間胸につかえていた言葉が吐き出される。



自分の中の闇を曝け出すことが
それを口に出すことが何よりも怖かった。
結局は自分も「歪んだ」存在なのだと。



だがしかし、今となっては恐怖はあまり感じられなかった。
むしろ死ぬ前に
自分の生がまだあるうちに




彼女の存在を誰かに伝えられた安堵の方が心中にはあった。







「…真を、得たり」




意識を手放すその間際に、
また一つ、声が聞こえた。






>>>六
薬売りがほぼ不在。